摂食障害 情報メモ

摂食障害の回復に役立つことや関連情報。忘備録。

長年の摂食障害が回復したわけ(25年の過食嘔吐)

やめたいと思い精神科に通院し続け、いろいろ試しても止まらなかった過食嘔吐が、40歳近くなり急速に沈静化したのは何故だったか考えました。

1.2年の空白はあるものの、精神科には15歳から通院していました。現在の主治医にはつながって20年余り。最初から信頼できて何でも話せましたが、だからといって症状は変わりませんでした。

閉鎖病棟に入っても、隔離室に入っても、出てしまえば元通り。自助グループに通っても、中間施設に入寮して集団生活していても、認知行動療法をしても過食衝動は止まりません。いやなことでも医師に提案されればやってみる、それでもどうにもなりませんでした。

絶望するのにも疲れ果てて呆けたようにだらだらしていたとき衝動的に首を吊りましたが、そもそも狭い家の中なので顔に点状出血を多数残しただけであえなく終了。

そのときに思いました。「この体たらくでは死ぬこともできない」

それ以前に数回未遂をしており、どうやら実行力もないのを再認識。つまりこのまま生きて行くしかない。食べ吐きしながら。

それなら止めるための努力はやめようと思いました。いろいろやっても結果が出ず。食べ吐きがあるまま生きていくしかないと腹をくくりました。

生きるのもうまくいかないし、死ぬのも思い通りにならない。ああ、所詮何一つ思い通りになんてならないんだ、逆に言うと、それまでどうにか望む方向へ自分を動かそうとして、それがどうやら間違いだったのかと思いました。

成り行き任せ、将来は不安なまま、でも「より良く」なろうとしなくていい。仕事はある程度してきましたが、それでも過食嘔吐による影響で失ったものは時間を含め大きくて、取り戻せません。その時点では無職で精神障害者手帳持ち、抗うつ薬MAX近く服用。それが現実なのだからできない自分を責めるなんて、その責める「自分」て何様なの? 

それから家でゴロゴロしても過食しても自分を責めるのをやめました。「ゴロゴロしてる、気持ちいい、過食しちゃった」というだけです。そうすると過食の衝動が減ってきました。

ちょうどその頃に知り合いの伝手で通勤2時間弱の会社に入社することに。主治医は反対でしたが、病気だけやっている生活より健康なふりをして社会にまぎれているほうが私の場合はラクでもありました。

自分はダメなやつでいいと腹を決め、とにかく会社に行って座ってくるのを目標にし、それまで通っていた自助グループ通いはやめました。

通院と服薬は続けていましたが、「過食をとめる」努力は一切やめました。やったらやったでいい。それより会社員の顔をしているほうが気がラクだからそれを大事に。何かがんばったとかいうのではなく、単にそのほうが気が楽だったから。

「より良く」なろうとするのをやめてラクな方を選んでみたら、過食の量は急速に減り、気づいたらやめていました。過食なしの生活をするようになってみて、後から考えれば自助グループも、認知療法も、アダルトチルドレンや依存症について学んだことも、全て使えるようになったからこそ今がラクなのだとわかります。

摂食障害の治り方は一様ではなく、これをやれば絶対症状がとまるというのはない気がします。なのでそれぞれのきっかけをつかんで欲しいと思います。止まってからのほうがつらいという声も聞きますが、やはり人間を成り立たせているのは身体ですから、負担がないほうがいいでしょう。

ざっくり言えば自分の場合は「死ぬまで生きる覚悟を決めた」「成長した」から症状が無くなったのだと考えています。感情が変動して生きているのは面倒でしんどくて嫌で仕方ないけどしょうがない。なーんだ、周りを見渡せばそのへんの人もけっこうダメダメだったり嫌なこと抱えてグチ言いながら生きてるじゃない、そんなもんか。 これまで何もなし得てないけど数十年暗闇でもがいた自信だけはある。屁理屈だろうが自分がラクならいいじゃない。

これを書いているのは、ある摂食障害のイベントでの一言が印象に残っているからです。その方は公園で嘔吐していたらしいのですが、「オレのゲロでこの花はきれいに咲いている」

要するに、ためになる話でなくてもどこかの誰かにひっかかる可能性がなくはないと思うのです。